ストーカーと不可解な事件
現実と虚構の狭間で苦しみ続ける未麻。
そんな彼女をさらに追い詰めるように、彼女の仕事関係者が次々に惨殺される事件が発生する。
レイプシーンと同様に、この殺害描写も目を背けたくなるほど過激で、徹底的に“生々しさ”を貫いた表現となっている。もともと本作がOVA(Original Video Animation)として企画され、劇場公開にあたってR-15指定となったことにも納得させられる容赦のなさだ。
ただ、ここまで残酷な手口で反抗に及ぶ以上、犯人が未麻の仕事関係者たちに対して強い敵意を抱いていることは明白である。
物語序盤からは、アイドル時代の未麻に異様な執着を見せるファンの男(通称 ミーマニア)が登場するため、観客は自然と彼を犯人だと疑うことになる。過激な仕事をこなしながら女優として歩み始めた未麻の姿に、熱狂的なファンとして苦痛を覚えていたとしても不思議ではない。そして、それが彼女の本意ではないと考えれば、怒りの矛先が周囲の関係者へ向くのも極めて自然な動機に思える。
しかし、これは巧妙なミスリードだ。
複数回鑑賞すると、ミーマニアの"犯人らしさ”が逆に露骨すぎることに気付くのだが、初見では観客の意識は現実と虚構を行き来する映像表現へ向けられている。そのため、多くの人が容易にこの罠へ引き込まれてしまう。
さらに巧妙なのが、未麻が出演するドラマ『ダブルバインド』の存在である。
未麻が演じる陽子は、姉を何者かに殺された人物。しかし彼女は多重人格者で、実は自ら姉を殺害し、その人格になり代わっていたことが後に明かされる。
この「本当の自分が分からなくなる」というドラマのテーマは、映画全体の内容と強烈にリンクするだけではなく、劇中劇の存在によって、観客は次第に「もしかすると未麻自身が殺人犯なのではないか?」という可能性を疑い始める。
しかも現実では、未麻の自宅クローゼットから血の付いた服が発見されるため、その疑念はほとんど確信へと変わっていく。
だが、これすらもまたミスリードに過ぎない。
虚構、ドラマ、現実が目まぐるしく交錯していく中で、観客は次第に“どこに視点を置けばいいのか”を見失っていく。
つまり我々は、未麻が味わっている混乱そのものを疑似体験させられているのだ。
そして物語がクライマックスに差しかかったところで、ついに真犯人の正体が明かされることになる。
真犯人の正体と動機
ドラマ『ダブルバインド』の撮影を終え、難役である二重人格者を見事に演じ切った未麻。
現場の製作陣からは拍手喝采を受け、彼女の女優人生がここから大きく花開くことを期待させる。
しかし、その活気に包まれた撮影現場に、突如としてストーカー・ミーマニアが現れ、彼は未麻に性的暴行を加えたうえで殺そうと襲いかかる。怯えながら「あなた...誰?」と問いかける未麻に対して、ミーマニアは怒りを露わにしながらこう叫ぶ。
「僕の大事な未麻りんを守るんだ!」
アイドルを辞め、女優へ転身した未麻に対して強烈な恨みを持っていることが伺える台詞だ。しかし、この後に続く言葉によって、さらに奇妙な背景が浮かび上がる。
「ホントの未麻りんは毎日僕にメールをくれるんだ!」
ホントの未麻とは、一体誰なのか。
ミーマニア自身もまた、未麻と同じように現実と虚構の区別がつかなくなっていた――そう考えれば納得できそうだが、真相は少し違う。
実は彼は、「未麻の部屋」で未麻本人を騙る何者かを“本物の未麻”だと信じ込まされていたのである。そして、そのブログ主から吹き込まれた言葉を真に受け、未麻を襲撃していたのだ。
ブログ主は、ミーマニアがアイドル時代の未麻に異様な執着を見せ、女優としての活動を快く思っていないことを熟知していたのだろう。その心理を巧みに利用し、彼を殺人へと誘導していたのである。
後にミーマニアは、このブログ主によって殺されてしまうのだが、そうした経緯を踏まえると、彼もまた歪められた悪意の被害者だったと言えるのかもしれない。
未麻は必死に抵抗し、なんとかミーマニアを気絶させて逃走に成功する。そこへ駆けつけたマネージャーのルミが、満身創痍の彼女を車に乗せ、自宅へと送り届ける。
そして、ここから本作最大のトラウマシーンが幕を開ける。
うたた寝していた未麻が目を覚ますと、部屋の様子に違和感があることに気付く。
死んだはずの熱帯魚が水槽で泳いでいたり、女優転身を機に捨てたアイドル時代のポスターが壁に戻っている。さらにベランダへ出ると、本来見えるはずのない電車が走る光景が広がっていた。
異様な光景に恐怖する未麻。そして振り返った先には、アイドル時代の衣装を身にまとったルミが、笑顔で立っていた。
そう──ここは未麻の部屋ではない。ルミが作り上げた“アイドル時代の未麻の部屋”の完全再現だったのだ。
ここで重要なのは、ルミが再現したのが“現在の未麻”ではなく、“アイドル時代の未麻”だったという点だ。
実はルミ自身も、かつてアイドルとして活動していた過去を持っていた。しかし人気低迷によって夢を諦めざるを得ず、その挫折を抱えたまま生きてきた人物だったのである。
だからこそ彼女は未麻へ自分を重ね、マネージャーとして支えながらも、同時に“理想のアイドル像”を託していた。
しかし未麻がアイドルを辞め、過激な仕事をしながら女優として成功していく姿は、ルミにとって耐えがたいものとなってしまう。
やがてルミは、”自分こそが本当の未麻"だと思い込むことでしか精神を保てなくなり、完全にアイデンティティが崩壊。そして女優として活動する現在の未麻を“偽物”として排除しようと考えるようになる。これこそが、ルミの犯行動機だ。
つまり、「未麻の部屋」のブログ主、連続殺人事件の真犯人、ミーマニアを扇動した人物、そのすべてがルミによる仕業である。
初見では、ミーマニアを殺したのは実は未麻かとも思ったのだが、ルミの「ミーマニアさんはちょっと失敗だった」という台詞からも、真犯人が彼女であることはほぼ間違いないだろう。
そしてルミは、笑顔のまま右手のアイスピックを振りかざし、ベランダから逃げ出した未麻を狂気の形相で追いかけ始める。
どれだけ逃げても笑みを崩さず迫ってくるルミの姿は凄まじく恐ろしく、約2分にも及ぶ追走劇が長く感じられるほどの緊張感を生み出している。
観客を恐怖の沼へ陥れようという、製作陣の凄まじい気概を感じるシーンとなっている。
そして逃げ場を失い、追い詰められた未麻は、ふと鏡に映った自分の怯えた表情を目にしてハッとする。物語を通して、「本当の自分とは誰なのか?」という問いの中で揺れ続けてきた未麻。
しかしこの瞬間、彼女はようやく気付く。私は誰かの理想像でも、アイドルでも、女優という虚像でもない。今、恐怖に震えている、この等身大の私こそが本当の自分なのだと。
つまりここで未麻は、「私は私だ」と、自らのアイデンティティを取り戻す。
こうして、アイドルと女優という2つに引き裂かれていた未麻の人格は、ようやく1つへと統合されるのである。