アニメ作品には、映像的に面白い・スタイリッシュな演出が数多く存在する。しかし、それらの演出が作品のテーマや物語と強く結びつき、必然性をもって機能している作品は、そう多くはない。
その点、稀代の天才アニメーション監督・今敏の作品には、一貫したテーマ性が明確に根付いており、演出のすべてが物語と密接に連動している。その才能は、監督デビュー作である『パーフェクトブルー』から色濃く現れていた。
現実と虚構の境界が曖昧になり、登場人物のアイデンティティが揺らいでいく。今敏は、人間の内面に潜む脆さと不確かさを通して、「本当の自分とは何か」を一貫して描き続けてきた。
本作『パーフェクトブルー』も、竹内義和の原作小説を下敷きにしながら、物語構造の多くが大胆に再構築されている。その結果、「アイドルが主人公のホラー作品」という外枠を保ちながらも、今敏独自の“現実と虚構の揺らぎ”という作家性が強く表れた作品となった。
加えて本作には、まだパソコンやインターネットが一般家庭に十分普及していなかった1998年の公開にもかかわらず、SNSに振り回される現代人を予見したような場面を描いており、時代を超えて通用する普遍性を持つ作品でもある。
今回は、そんな色褪せることのない傑作映画『パーフェクトブルー』について、今敏が作品に込めたメッセージを紐解きながら、独自の視点で解説・考察していきたい。
パーフェクトブルー
監督|今敏
原作|竹内義和
アニメーション制作|マッドハウス
公開|1998年
上映時間|81分
あらすじ
人気上昇中のアイドルグループ「CHAM」に所属する霧越未麻は、突如グループを脱退し、女優への転身を決意する。当初は台詞が1行しかない脇役からのスタートだったが、過激なシーンを演じたことで一躍注目を集め、さらにヌード写真集を出版したことで知名度を大きく伸ばしていく。
しかし、清純派だったアイドル時代のイメージとはかけ離れた仕事を続けるうちに、未麻の精神は次第に不安定になっていく。やがて彼女は、“アイドル時代の自分”の幻影を見るようになってしまう。
さらに未麻の周囲では、彼女の仕事関係者が次々に惨殺される不可解な事件が発生。
追い詰められていく彼女の前には、アイドル時代の未麻を崇拝するストーカーまで現れ、未麻は次第に現実と虚構の境界を見失っていく――。
※以下、映画『パーフェクトブルー』本編のネタバレを含みます
鏡に映るもうひとりの「私」
アイドル業が軌道に乗り始めたタイミングで、突如として女優へと転身した未麻。
卒業コンサートでは、自身の思いをファンに届け、感動的なフィナーレを迎えるはずだった。しかし一部の過激なファンによる妨害行為によって、序盤から作品には不穏な空気が漂い始める。
しかも、この卒業は未麻自身が心から望んだものではない。アイドル業では十分な利益が見込めないと判断した所属事務所が、彼女を女優として売り出すために下した戦略だったのだ。
そのため卒業を発表する未麻の表情はどこか虚ろで、ファンへ向けた言葉もメンバーに支えられながらようやく絞り出したように見える。
ファンが求める「アイドルの霧越未麻」と、事務所の大人たちが望む「女優の霧越未麻」。二つのイメージの間で揺れ動きながら、未麻は「自分で決めたことだから」と自らに言い聞かせるように、女優としての第一歩を踏み出していく。
そして、転身後に初めて与えられた台詞は「あなた...誰なの?」というものだった。
たった1行の台詞ではあるが、この言葉には本作全体を貫く重要なテーマが込められている。
未麻はアイドル卒業後、「未麻の部屋」と名付けられたブログをインターネット上で発見する。しかしそこに綴られていたのは、彼女しか知り得ない極めて個人的な内容ばかりだった。
得体の知れないストーカーの気配に怯える未麻の心理と、ドラマ内の「あなた…誰なの?」という台詞は、恐ろしいほど強くリンクしている。
だが、この台詞が意味するのは単なるホラー的な恐怖だけではない。それは"本当の自分とは誰なのか"という、アイドルと女優の狭間で揺らぐ未麻自身への問いかけであり、同時に観客へ向けられたテーマそのものでもある。
そして精神的に追い詰められていく未麻のもとに、さらなる試練が訪れる。事務所から打診されたのは、ストリップ劇場で性的暴行を受け、その出来事をきっかけに人格が変わってしまうという過激な撮影シーン。この撮影を境に、未麻の精神はさらに不安定になっていく。
この精神が崩壊していく精神状態は、「窓」や「鏡」といった反射物を用いて繰り返し描写されている。
特に印象的なのが、電車のドアに体を預ける未麻の反射に、アイドル時代の彼女が現れ、「私、絶対嫌だからね」と過激な撮影を拒むように語りかける場面だ。
監督の今敏は、窓や鏡を多用した理由について次のように述べている。
ガラスに映ったもうひとりの自分は、自分が思っている自分以外に、違った捉え方をしている自分がいるのかもしれない
パーフェクトブルー [Blu-ray]付属 パーフェクトブルー講座より
鏡に映る自分も、何かしらの信号を送っているのかもしれない。そうした監督自身の感覚が、未麻の心の揺らぎを表現するための「窓」や「鏡」というモチーフ選びに結びついているのだろう。そういえば筆者自身も、昔どこかで「鏡は人の心を映すもの」と聞いた記憶がある。
こうして未麻は、あらゆる場面で"もうひとりの未麻"(バーチャル未麻)に翻弄されていく。そして映像は、現実から虚構へ、虚構から現実へとシームレスに繋がり、観客もまた未麻と同じように、「何が現実で、何が虚構なのか」を見失ったまま物語へ深く引き込まれていくのである。